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【神は細部に宿る】鋼の錬金術師がスゴイ作品な理由

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どうも、タイヘイです。

 

名作ダークファンタジー、『鋼の錬金術師』が完結したのが2010念。もう結構な時間が過ぎました。

近々実写映画化されるということで、ファンの中には不安と期待が入り混じった複雑な思いを抱いている方も多いことかと思います。

 

今回僕は久しぶりにハガレンを読み返しました。

何度読み返しても面白いのですが、今までは気づかなかった細かいスゴイ部分を見つけたので紹介しようと思います。

 

 チェーホフの銃に対する完璧な解答

「チェーホフの銃」という表現に対する態度を知っているでしょうか?

ミステリーにおける「ノックスの十戒」とか「ヴァン・ダインの二十則」みたいな、創作におけるルールです。

 

簡単に言ってしまえば、「意味のない要素を登場させてはいけない」というものです。

具体的には恋人からもらったペンダントで銃弾を受け止めて命が助かったとか、物以外でも怪しげな言動をしていた人物がおとり捜査中の警察官だったとかですね。

 

後々の展開に必要にならない描写やアイテムは出してはいけないというのがこのルール。

 

鋼の錬金術師でも銃は人殺しの道具として象徴的に重要なポイントで何度も出てくるのですが、とくに12巻から13巻の展開がスゴイのです。

 

多くの作品では銃が出てくる場合次のような使い方が多いです。

  • 銃を受け取ったキャラクターがそれまでの信念と決別して敵を殺すために撃つ
  • 散々銃を撃つか悩んだ挙句、撃たないことを決める。しかし敵を見逃したことにより味方が被害を受ける
  • 線状痕などから一見すると銃が凶器のようだが、それはこちらをハメようとする罠だった
  • 無事に事件を解決したと思ったら犯人が銃で自殺する。止めようとするが間に合わない

主にミステリ系とそれ以外に分かれますが、ちょっと前の作品だと「悩んだ挙句撃たない」パターンが多く、最近は「悩む前に撃つ」パターンが多い気がします。

(わかりやすい例だと『ガンダムSEED』から『ガンダム00』。あるいは『ガンダムユニコーン』から『鉄血のオルフェンズ』への変化)

 

ハガレンはそこに別の解答をぶち当ててきます。

 

謎の空間に飛ばされたエドは高いところから石を落として穴の深さを確かめるみたいに銃を撃つことでその広さを確かめようとするのです。

 

ではなぜこういう使い方をすることになったのでしょうか?

 

主人公であるエドとアルはそもそも銃がなくても錬金術を使えば人を簡単に殺めることができます。

しかし敵であるホムンクルスや大人であるマスタング大佐が経験したイシュヴァール内戦と異なり、過酷な戦いの中でも人の命を奪うことを二人は避けて旅をしているのです。

 

原作が完結していなかったアニメの2003年版は後半でこの部分の方針を大きく変更するオリジナル展開があり、賛否両論ですがおそらく「わかった上でやっている」ため高い評価を受けることも結構ありました。

 

原作がさらにスゴイのは13巻で誰も撃たないが役に立つという銃のアクロバティックな使い方をしたあと、さらに15巻でサラッとその反省をしている部分です。

 

普通なら「あのとき撃っておけば仲間を失わずに済んだ」的な展開になり、グダグダすることが多いのですがハガレンでは展開の速さもあってそれがありません。

 

 

序盤の心情的な伏線を終盤に持ってくる成長を見せる構成力

ハガレンは主人公の初期レベルが高めの作品として有名です。

ドラクエならレベル30とかで1話が始まっている感じ、でも敵がめちゃくちゃ強くてレベル80とか90とかなイメージというのはよく言われています。

 

元々強かったものの、旅というか人との出会いや経験を通して地味にエドとアルは成長していきます。

メインとなるのは精神的な成長で、これを描くのは中々難しいのですがハガレンはしっかりこれを描ききっています。

 

(サブとなる分かりやすい戦力的な成長は、グリード戦などでエドが敵に合わせて柔軟に対応したり、アルが錬成陣なしで錬金術が使えるようになったりというところです)

 

作中、特に物語のテンションを決める最初の5巻までに主人公であるエドとアルと仲良くした人が何人か亡くなります。

 

あるキャラクターの死はマスタング大佐の行動の大きな原動力となり、彼をもう一人の主人公として見事に際立たせているのですが、一方でエドとアルに大きな影響を与えたあるキャラクターの死は話が進むごとに段々と薄くなっていきます。

 

 

銃と同じくスゴイと感じたのは、この序盤で救えなかったキャラクターのことがずっと冒険の裏に隠れているから。

 

13巻の銃を使うシーンの後、エドは初めてキーアイテムである「賢者の石」を使います。

さらに19巻で自身の生命が危機に陥った時、この感覚を思い出して人体錬成に近い錬金術を成功させているのです。

 

それを踏まえた上で最終巻の最後の錬金術につながっていくわけですが、何回か読んだあとに読み直すとこれがめちゃくちゃアツい。

 

19巻を経た後なら序盤で救えなかったキャラクターを救えるだけの技術を身に着けている可能性があるのですが、最終的にエドはそれをわかった上で手放すという選択をするのです。

 

「合成獣にされた女の子ひとり助けられない小さな人間だ」というこのときのセリフは序盤からしっかり考え抜かれた展開であったことを暗示しているように思うのです。

 

 

 

 

 

いかがだったでしょうか?

 

名作とされる作品は時が経っても色褪せない面白さがあり、何度も読むとその度に発見があるように思います。

 

その点を考えると、間違いなく鋼の錬金術師は今後も長く残る作品であることは疑いようがありません。

 

実写映画も良いですが、内容的にロードムービー的な側面が強いのでシナリオも作りやすいと思うし定期的にオリジナルのアニメをやってほしいなあ……と考えているのは僕だけでしょうか?

 

いずれにせよ映画の前に復習したり、実はまだ読んだことのない人は27巻完結でダレずにスピード感があるのでぜひ1度読んでみることをオススメします。

 

ありがとうございました!

 

最近流行りの大判で刷られた完全版はちょっとお高めなので単行本版がオススメ。